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函館地方裁判所 昭和59年(わ)234号 決定 1985年1月22日

主文

北海道警察函館方面本部鑑識課技術吏員作成の鑑定書(請求番号39)を証拠として採用する。

理由

一検察官は、本件鑑定書が刑事訴訟法三二一条四項に規定する書面に該当するとしてその証拠申請をなしたところ、弁護人は、「右鑑定書は、令状に基づかない身柄拘束中に被告人から採取された尿についての鑑定の経過及び結果を記載したもので、違法収集証拠として証拠能力がない。」旨主張する。

二よつて検討するに、本件関係各証拠によれば次の事実が認められる。

1  函館西警察署(以下「西署」という。)は、J女から、被告人が昭和五九年九月四日午前三時ころ自宅で覚せい剤を使用したとの情報を得、西署係官(神谷警部補、深見巡査部長ら五名)及び北海道警察函館方面本部(以下「本部」という。)係官(下山係長、宗像巡査部長、小西巡査長ら四名)は、捜索差押許可状を得たうえ、これに基づき、同月六日午前九時ころから同一一時二〇分ころまでの間、被告人の身体、自宅、被告人経営の「S企画」店舗(函館市千代台町所在)などの捜索を実施した。その結果、被告人方応接間の石油ストーブの下から注射針入りのケース一個、注射筒一本、小箱一個を発見し、被告人の右腕に注射痕を認めた。また、その間、J女から、被告人が同日午前七時三〇分ころにも自宅で覚せい剤を使用した旨聞知した。

右捜索終了後の同日正午前、被告人は、右係官らとともに西署に出頭したうえ、取調べを受けた。取調べは、宗像巡査部長、神谷警部補、下山係長らが交替してあたり、被告人から同月四日及びそれ以降の覚せい剤使用の有無について事情聴取を行つたが、被告人は、その事実を否認する態度に終始し、また、その間、係官の尿提出の要求に応じ数回便所に赴いたが、結局鑑定に必要な量の尿の提出を果さないまま、同日午後七時ころ、係官に対し、翌日再び西署に出頭する旨述べて帰宅した。

2  翌同月七日(以下同日については時刻のみで示す。)午前九時ころ、神谷警部補と深見巡査部長が、被告人方を訪れて被告人に任意同行を求め、被告人が朝食をとるのを待つて捜査用車両に同乗させ、被告人の要望によりS企画に赴いた。そして、被告人は、同店から、午前一〇時三〇分ころB弁護士に電話をかけ、警察への出頭を免れたい旨相談したところ、同弁護士は、電話口に出た神谷警部補に対し、逮捕状が発付されていないことを確認したうえ、被告人には任意同行の意思がないようなので引きとつてもらいたい旨述べるとともに、被告人に対し、行きたくないのであれば行く必要はない旨答えた。

その後、神谷らは、その車両に被告人を同乗させ、被告人の要望によりI外科医院に立ち寄つたうえ、午前一一時ころB弁護士の事務所に赴いた。被告人は、同事務所で同弁護士と面接し、再度、逮捕状が出ていないので行きたくなければ行く必要はない旨の指示を得、更に神谷らの車両に同乗して、S企画に戻つた。

神谷らは、被告人方を訪ねて以後、被告人に対し、何度となく、西署に来て事情聴取に応ずるとともに尿を提出してもらいたい旨求めていたが、被告人も、これに対し言を左右にしながらも応ずる素振りをみせていたところ、右弁護士事務所から帰つてからは、「飛行場に荷物を取りに行かなければならない。」などと言つて任意同行に応じない態度を示したため、神谷らは、この時点で被告人の任意同行を得るのは無理と判断し、いつたん西署へ帰つた。なお、その後午後零時すぎころ、下山係長が、小西巡査長とともに、被告人方を訪れて任意同行を求めたが、被告人から右と同様の理由により断わられたため、これも本部に引き返した。

3  西署に戻つた神谷警部補らは、被告人の態度等からしてその尿の任意提出を受けるのは困難と判断し、強制採尿を実施すべく、函館簡易裁判所裁判官に対し、そのための捜索差押許可状(いわゆる強制採尿令状)を請求し(請求者同署警視冨井巖)、午後二時ころ、「強制採尿は医師をして医学的に相当と認められる方法により行わせること」との条件付で、被告人の身体を捜索し、その尿を差押えることを許可する旨の捜索差押許可状(以下「本件令状」という。)の発付を得た。なお、これに先立ち、西署係官は、N医師に右強制採尿の実施を依頼し、同医師から強制採尿をするのに適当な場所として本部医務室の指定を受けた。

4  午後二時すぎころ、神谷警部補は、本件令状を携帯し、深見巡査部長、佐藤巡査とともにS企画に赴き、下山係長、小西巡査長と同店横の路上で合流した。その際、神谷警部補は、店外に出てきた被告人に対し、強制採尿のための捜索差押許可状が出ているので、本部医務室まで出頭されたい旨述べて同行を求めたが、被告人は、用事があると述べて店内に引き返した。被告人は、午後二時三〇分ころ、再びB弁護士に電話をかけ、令状が出たことを述べて相談したところ、同弁護士は、電話口に出た下山係長に、逮捕状が発付されていないことを確認し、被告人は任意同行に応じない意思が明確であるので引きとつてもらいたい旨要請したうえ、被告人に対して、逮捕状でなければ強制的に連行されることはなく、警察官が尿の提出に固執するのであれば、その場で自然排尿をして提出するよう指示を与えた。

被告人は、右の電話をかけた後、神谷警部補らに対し、「逮捕状がなければ行かない。でつち上げだ。」などと興奮した様子で述べて任意同行を拒否する態度を明確にし、尿の提出についても「小便をとるならここでとれ。」などと言いながらも任意に尿を提出する素振りはなかつたため、神谷警部補らは、このような状態では被告人に任意同行を求めるのは困難と判断して引き揚げた。

5  神谷警部補は、西署に帰り、今後の捜査方針を上司の坂上課長と相談して確認したうえ、被告人が冷静になるのを待つて、深見巡査部長、佐藤巡査とともにS企画に向い、途中下山係長、小西巡査長と合流し、午後四時四五分ころ同店に到着したが、同店入口が施錠されていたため同店近くの路上に停めた車中でそれぞれ待機した。しばらくして、被告人の姉A女が同店に現われたので、下山係長が、まず車を降りて店舗まで赴き、被告人の開けた同店入口からA女に引き続いて店内に入り、更に、続いて神谷警部補が店内に入つたうえ、被告人に対し、本件令状を示し、その趣旨を説明して被疑事実の要旨を告げ、任意同行を求めた。これに対し、被告人は、「逮捕状ないんだろう。行く必要はない。尿はここでとれ。」などと述べて同行に応じない姿勢を示した。そこで、下山係長らが、尿採取のため被告人を本部医務室まで同行すべく、その両側から両脇をかかえるようにして被告人の腕を引つ張り、被告人を店外に連れ出した。被告人は、「でつち上げだ。不法逮捕だ。」などと述べながら、両脇をかかえた警察官の腕を振り払おうとして抵抗したが、結局待機中の車両の後部座席中央に乗車させられ、その両側に深見巡査部長、下山係長が同乗して、同店から1.9キロメートル(走行距離)離れた函館市五稜郭町一五番五号所在の本部まで連行された。

6  被告人は、午後五時すぎころ、本部に到着し、三階医務室に連行された。そして、午後五時一五分ころ、医師Nが、同所に到着し、被告人に排尿を促したところ、被告人は、これに応じて紙コップを手にして排尿の姿勢をとつたものの、数滴しか排尿がなかつた。そこで、午後五時三〇分ころ、同医師が看護婦を介助させ、自らベットに仰向けになつた被告人の身体からカテーテルにより尿約一二〇ミリリットルを採取した。

右尿は、ポリ容器に移しかえられて直ちに鑑定嘱託され、本部鑑識課技術吏員倉川正による鑑定の結果、午後七時三二分同尿から覚せい剤であるフェニルメチルアミノプロパンが検出されたとの報告があつたので、被告人は、午後七時三五分、本部防犯課内において、昭和五九年九月六日午前七時三〇分ころ自宅で覚せい剤を使用したとの被疑事実で緊急逮捕され、午後九時五五分、神谷警部補(司法警察員)が函館地方裁判所裁判官に対し被告人の逮捕状を請求し、同日逮捕状が発付された。

三右認定の事実によれば、昭和五九年九月七日、警察官が、本件令状の執行のために被告人をS企画から本部医務室まで連行した行為(以下「本件連行」又は「本件連行行為」という。)は、その連行時の警察官による有形力行使の態様や被告人が任意同行を拒否していた経緯等に照らし、強制力を行使してなされたものであると認めるのが相当である。

弁護人は、右連行行為が令状に基づかない違法な強制力の発動にあたると主張する。

ところで、強制採尿令状の執行として、尿を任意に提出しない被疑者に対し、強制力を用いてその身体から尿を採取することは、身体に対する侵入行為であるのみならず、被疑者に対し屈辱感等の精神的打撃を与えるものであるから、その実施にあたつては、被疑者の身体の安全とその人格の保護のため十分な配慮が施されるべきであり、そのため強制採尿令状の記載要件として、強制採尿は医師をして医学的に相当と認められる方法により行なわせなければならない旨の記載が不可欠であるとされている(最高裁第一小法廷昭和五五年一〇月二三日決定刑集三四巻五号三〇〇頁以下参照)のである。右の趣旨からすれば、右条件の内容あるいは前提として、その実施場所についても、被疑者の身体の安全と人格の保護のために十分配慮された病院、警察署の医務室等尿の採取に適当な場所において行なわれることが要求されているというべきである。こうして、強制採尿令状が尿の採取を適当な場所で実施することを要求していると考えられる以上、在宅の被疑者に対して右令状が発布され、被疑者が任意の出頭に応じない場合には、被疑者を採尿場所まで強制的に連行することは、採尿の目的を達するための「必要な処分」として刑事訴訟法二二二条一項(一一一条)により許容されていると解さなければならない。

もつとも、右「必要な処分」としての強制連行は、強制採尿の目的を達するための付随的処分として許されるものであつて、身体の拘束を本来の目的とするものではないから、強制連行が許されるためには、強制採尿が許容されるべき諸要件を充足しなければならないことに加えて、任意同行に応じない等その目的を達するため必要やむをえないと判断されることを要し、更に、強制連行を実施する場合にも、被疑者に対する令状の呈示が必要とされるのはもとより、採尿場所への連行距離、連行に要する時間は合理的な範囲内のものでなければならず、また、連行の際の有形力の行使の態様、程度は連行するのに必要かつ最小限度のものであることを要すると解するのが相当である。なお、強制連行の執行は、身柄の拘束を直接の目的とする勾引状等の令状の効力の範囲を超えることができないことは言うまでもない。

これを本件についてみるに、被告人は、本件連行の前日、西署において取調べ係官の要求に応じ排尿のため便所へ数回赴いたが、結局鑑定に必要な量の尿の提出を果たさないまま帰宅し、その当日、神谷警部補らの再三にわたる任意同行の求めにも、当初これに応ずる素振りをみせながらも、B弁護士と相談などするうち、次第に頑強にこれを拒否する態度に出るに至つたものであつて、警察官が任意同行を求めた状況及び被告人の態度に加え、被告人には相当重大な犯罪である覚せい剤自己使用の嫌疑が存在していたこと、ところが、被告人はこれを否認していたため、その立証には、更に被告人の尿を採取してこれを鑑定することが不可欠であつたということや、尿中の覚せい剤成分は時の経過とともに消失してしまうといつた証拠としての特質をも考慮すると、神谷警部補らがあらかじめ医師の意見を聞き強制採尿を実施するのに適当な場所として指定された本部医務室まで被告人を連行するに及んだことは、必要やむをえなかつたものと考えられる。そして、連行の際の有形力行使の態様、程度も、下山係長らが、任意同行を拒否する被告人の両脇をかかえ、右下山らの腕を振り払おうとして抵抗する被告人を引つ張つて車両に乗車させ、その両側に右下山らが同乗して連行したというものであり、更に、連行した距離は走行距離にして1.9キロメートルであり、これに要した時間も午後四時四五分から午後五時すぎまでの一五分余りを超えないのであつて、これらの事情に鑑みれば、本件連行行為は、尿採取の目的達成のための付随的処分として合理性の認められる必要かつ最小限度のものであつたということができる。

従つて、本件連行行為は、本件令状執行のための「必要な処分」として是認することができ、令状の呈示等その執行のための要件の履践にも欠けるところはない。

また、本件連行行為の適法性が認められる以上、被告人をその後、尿の採取のため約三〇分間本部医務室に止めおいた行為は、強制採尿を認めた本件令状の効力の範囲内にあるものというべきであつて、違法の廉はない。

四以上の次第であつて、本件において被告人の尿は適法に採取されたものというべきであるから、これに対する鑑定の経過及び結果を記載した本件鑑定書を違法収集証拠とする弁護人の主張は理由がない。そして、本件鑑定書は、証人倉川正の当公判廷における供述によれば、右倉川が鑑定人として真正に作成したものであることが認められるから、刑事訴訟法三二一条四項により証拠能力を有するというべきである。

よつて、本件鑑定書を証拠として採用することとし、主文のとおり決定する。

(北島佐一郎 林田宗一 深山卓也)

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